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  1. 高瀬舟

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スタッフブログ 2026.07.01
高瀬舟

 いつもスタッフブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 

 森鴎外の代表作の一つ「高瀬舟」は、文庫本ではわずか16ページの短編です。しかし、取り扱う二つのテーマはいずれも深く重いもの。一つは財産についての観念、そしてもう一つは安楽死です。

 

 高瀬舟は、江戸時代、京都の高瀬川を上下する小舟です。遠島へ流刑となる罪人を京都から大阪まで護送するもので、罪人は家族と同船し、別れの時間を過ごすことを許されました。護送役の役人は同心と呼ばれます。夜通し語る罪人と家族の会話が自然と耳に入り、思わず耳を塞ぎたくなったり、もらい涙をこらえきれなくなったり、とにかく不快な職務とされていました。
 ある日、弟殺しの罪を犯した罪人、喜助が一人で高瀬舟に乗ります。神妙で従順な態度と晴れやかな喜助の表情は、過去の罪人とは明らかに違い、同心はこらえきれずに喜助に心境を尋ねます。それまでの生活の苦しみに比べれば、流刑先の島での生活のほうが楽なはず、支給された二百文の金は、手元に残る金のない生活をしてきた自分にとって、はじめての財産、と喜助は言います。二百文は現代に換算すると5000円程度。同心も生計は楽ではないものの、仮に金の桁を違えたとしても、喜助と同じ心境になれるとは思えません。喜助の欲のなさ、足ることを知っていることに気づき、自分との違いを考えます。単に家族の有無という境遇の違いではなく、多くの財を望まない喜助が悟りの境地にいるように思えました。人間の欲望には個人差はあっても、尽きることがありません。高望みをせず謙虚に、自分の境遇に満足しながら充実して過ごすのは難しい。よりよい境遇を求めることは動機と意欲になり、必ずしも悪いことではない。しかし、過剰な欲望は、度が過ぎると犯罪にもつながりかねない。身の程をわきまえ、感謝の気持ちを忘れないのは、簡単なことではない・・・同心はこのように思うのでした。
 ますます喜助に興味を持った同心は、殺人を犯した経緯を尋ねます。喜助は弟と苦しい生活をしていましたが、やがて弟は病気で働けなくなります。弟はある日、治らぬ病を苦に、剃刀を喉に刺して自殺を図ります。血まみれになって死にきれずにいるところに喜助が駆けつけます。弟は「兄の生活を楽にさせたい、このまま死なせてほしい、突き刺さったままの剃刀を抜いてくれたら死ねるから手を貸してくれ」と懇願し、医者を呼ぼうとする喜助を恨めしそうな目で睨みます。やがて喜助は言うとおりにしてやらなくてはならないと思い、剃刀を抜くことにします。すると弟は満足そうな表情になり、喜助が剃刀を引き抜くと、弟は息絶えます。その様子を見ていた隣人が通報して、喜助は殺人罪で流刑。この話を聞いた同心は、これは殺人になるのだろうか、と悩みます。そして、自分が考えても分からないから役人の判断に任せるしかない、と結論付けたところで物語は終わります。

 

 高瀬舟のメインテーマは、この部分。あとがきの「高瀬舟縁起」で森鴎外はフランス語のユウタナジイという言葉を用いており、安楽死と訳されます。安楽死の定義は、苦しい生ないし意味のない生から患者を開放するという目的のもとに、意図的に達成された死、ないし、その目的を達成するために意図的に行われる「死なせる」行為とあります。

 

 森鴎外は東京大学医学部を卒業してドイツに留学経験もある陸軍軍医なので、安楽死と殺人の線引きを問題提起したのでしょう。「いかなる場合でも人を殺すのは言うまでもなく罪だが、治らぬ病で苦しんでいる人を苦しませたままでいるのはよくない。薬で苦しさを和らげることにより、死期を早めるかもしれないとき、従来の道徳では許されなかったが、医学では苦しみを救うことを適切とする」森鴎外は「高瀬舟縁起」のなかでこのように述べています。

 

 現代医療では、激しい癌性疼痛に対して、麻薬であるモルヒネを用います。モルヒネを少しずつ用い、徐々に呼吸が弱くなって死に至っても、安楽死とはされず重要な緩和医療です。一方、終末期の患者が苦痛から逃れるために死を望んだときはどうでしょうか。助かる見込みがなく安楽死を望む患者がすぐには死なない病状のとき、瞬時に死に至る薬を投与すると、わが国では殺人罪となります。手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」に登場するドクター・キリコは、患者を救う正しい行為と信じて致死性の薬物を投与し、何が何でも手術で救おうとするブラック・ジャックと対立します。

 

 大切な人の最期、どのように向き合うべきでしょうか?

 
 
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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